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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(あ)454号 判決 1981年10月29日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人吉田孝美、同小堀清直、同鍬田萬喜雄の上告趣意は、憲法違反及び判例違反をいう点を含めて、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権によって調査すると、原判決は左記の理由により破棄を免れない。

一  本件公訴事実は、「第一 被告人Aは、一 昭和四三年一二月七日午後五時すぎころ、鹿児島市浜町二番九六号国鉄鹿児島機関区更衣室において、他の約三〇名とともにC(当四八年)を取り囲み、右手指で同人の右胸を二回、左胸を一回、各強く突き、さらに右膝で同人の腹部付近を一回蹴りあげ、もって多衆の威力を示して暴行を加え、二 昭和四四年二月一四日午後五時すぎころ、右機関区乗務員室において、他の約一二名とともに右Cを取り囲み、右手で同人の作業服の前襟首を強く掴んでひねり上げ、もって多衆の威力を示して暴行を加え、第二被告人A及び被告人Bは、共謀のうえ、同年一月一八日午前九時二〇分ころ、前記鹿児島機関区旧車庫前において、こもごもD(当四六年)の背後から同人の襟を掴んで引張り、また同人の前に立ちふさがってその胸付近を手、肘、肩で突き、さらに被告人Bにおいて、右Dの首を左手で巻いて腰を使い、同人を地面に投げ倒し、もって数人共同して同人に暴行を加えたものである。」というのであり、なお、原判決の認定したところによれば、本件当時、被告人Aは国鉄鹿児島機関区の機関士、被告人Bは同機関助士であって、いずれも動力車労働組合(以下、単に動労という。)鹿児島地方本部鹿児島支部に所属し、被告人Aはその執行委員長であったこと、昭和四三年暮、同機関区の機関士で動労鹿児島支部に所属していたC、Dら十数名が、動労の運動方針に疑問をもつなどして集団で脱退し鉄道労働組合の分会を結成したこと、動労は、当時、国鉄当局の合理化方策に反対して闘争中であったこともあって、脱退者に対して厳しく対処しその説得活動につとめる方針をとっていたことが認められ、本件公訴事実はこのような状況のもとで発生したとされているのである。

本件における主要な争点は、右公訴事実記載のような被告人らの暴行の所為が存在したかどうかにあるところ、第一審は、公訴事実第一の一及び二の関係で唯一の積極証拠である証人Cの証言には、それ自体不自然で首肯し難い点や関係証拠との対比上信用し難い点などが含まれていること、また、公訴事実第二の関係では主な積極証拠として、証人Dの証言及び犯行を目撃したという証人E、同Fの各証言をあげることができるが、これらの各証言にも重要な部分において、関係証拠との対比上明らかに信用できない点や相互に矛盾する点などが含まれていること、その他右各暴行の事実を否認する被告人両名の公判供述及びこれに沿う関係各証人の証言などを合わせると、右各積極証拠によっては被告人両名の暴行の所為を認めることはできず、結局、公訴事実については十分な証明がないとして、被告人両名に対し無罪の判決を言い渡した。これに対し、原審は、供述の信用性判断の基準として「供述の信用性を考えるについては、その基本的部分に関心をもつことが大事である。枝葉末節にこだわり、その部分に相違があり、矛盾があり、疑問があり、不自然さがあり、あいまいさがあるからといって、ただちに基本的部分の供述を排除することは問題である。」「被告人や証人はいずれも国鉄職員であり、国鉄職員には地位、立場のちがいがあり、主義、主張のちがいにもとづく対立抗争があるかもしれないが、地位や立場のいかんは性質上各供述の真相とは直接の関連がない。刑事犯的出来事についていえば、特段の事情の存在しないかぎり、事実に反してまである職員を目しわざわざその名を指摘してまで、犯罪的呼ばわりをすることがあるなどとは到底考えられない。」とし、さらに証人C、同Dは、いずれも一貫してしかも断定的に本件各訴因に沿う供述をしていること、証人C、同Dにおいて、事実に反してまで被告人らの名をあげて犯罪的呼ばわりをすべき事情はなんらうかがわれないこと、ことさらに事実に反することをいうべき事情のなんら存在しない証人E、同Fが証人Dの供述の信用性を裏付ける証言をしていることを重くみ、若干の情況証拠に言及したうえ、それとの対比において、被告人らの暴行の所為を証言する証人C、同D、同E、同Fの各供述は信用すべきであり、他方、これを否認する被告人両名の各公判供述やこれに沿う被告人側証人らの各証言は信用することができないとして、第一審判決を破棄し、公訴事実とほぼ同旨の事実を認定して、被告人Aを罰金二万円に、同Bを罰金一万円に処する旨の判決を言い渡した。

二  そこで、原判決の右事実認定の理由の当否について検討すると、まず、原判決は、同じ国鉄職員同士が事実に反し他の職員を名指してまで犯罪的呼ばわりすることは、対立抗争があったとしても、特段の事情のないかぎり到底考えられないという大前提に立っているのであるが、本件当時、被告人らの所属する動労と右C、Dら動労脱退者との間に深刻な対立抗争があり、本件はその過程において発生したものであることは、原判決認定のとおりであるところ、そのような事情は、原判決認定の如き暴力行為が発生し易い情況と解しうるとしても、反面、そのような事情のもとでは、それらの者の一方が、ことさら事実を誇張し、あるいは誤解するなどして、相手方同僚を名指し、暴力を振るったと言い立てることもありえないではないのであるから、本件の如く労働紛争や派閥対立に根差す事件における供述証拠の信用性評価の基準として前記の大前提を用いることは相当でないというべきであり、原判決としては、少なくとも右の点を同判決にいう特段の事情として考慮したうえで、なお前記各証言が信用すべきものであることについて解明すべきであったといわなければならない。

また、原判決は、供述の基本的部分に注目すべきで枝葉末節に拘泥してはならない旨の一般論を掲げ、本件においてC、D両名の各証言は基本的部分で一貫しているとも判示し、前記の基準と併せて、右証言を信用すべき理由としているのであるが、右説示にかかる一般論はそのとおりであるにしても、本件では第一審判決が、右各証言の信用性に影響を及ぼすと認めたところを詳しく指摘しているのであるから、原判決としては、それらを枝葉末節にこだわるものと解する理由を解明すべきであったといわなければならない。

然るに、原審はこのような措置をとることなく、前記のとおり、ただちに第一審判決を破棄して被告人らに対して有罪の判決を言い渡しているのである。してみると、原判決は採証法則の違背ないし審理不尽の違法があるものといわざるをえず、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条一号により、原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である福岡高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本山 亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

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